もうお彼岸ですが・・
2007/09/25/11:00(Tue)
もうお彼岸で、昨日もおはぎを食べてましたが、これは先週の敬老の日のこと。

東京ミッドタウン内の「虎屋」さんです
虎屋1

こちらで、敬老の日3日間限定のおまんじゅうを買ってきました。
紅白の「丹頂」をかたどった薯蕷饅頭です。
虎屋2

今年買った長寿亀模様の皿にのせて、母へ^^
花束1

父を月初めに見送りました。余りよい状態ではないといわれてからあわてていろいろ片付け始めましたが、まだまだ長期戦かなと思っているうちに急変しました。
5月の入院以来、一時は危篤状態だったのに驚異的に回復して一時帰宅もできましたし、苦しまずほとんど眠るように穏やかな最期だったのが、せめてもの慰めです。最期こそ立ち会えませんでしたが、その前日と前々日には可愛がっていた内孫たちが交代で夜に付き添い、82才でのいわば老衰ですから幸せな大往生だと思えます。

亡くなる2週間ほど前には、一緒に唱歌を4曲歌ったのが楽しい思い出となりました。脳梗塞の言語障害があるのに、唱歌は歌えたのが不思議です。お気に入りは「お手々つないで」とか「七つの子」など・・と、「炭坑節」も大好きでした♪
言葉を失いながらも、「ありがとう」と「おかあさん」は、はっきり言えたのが、まわりへの思いやりを忘れない父らしいことだったと思います。

病弱な母が存外にしっかりしていてくれて助かりましたが、高齢なので私が喪主として初めての体験でした。正直かなり疲れました。葬儀前から体調も崩し、抗生剤と頭痛薬の日々でしたが、子どもたちがよく手伝ってくれて助かりました。夫も当日はサポートしてくれましたし(笑;)

父は、戦争体験もあり昭和の激動期を生き抜いてきましたし、若い頃は瞬間湯沸かし器の異名もあり、私とは意見の合わないこともありました。それでも、家族思いで、若い頃は昼夜を問わぬ働きをし、第二の人生でも楽しく働き、なお60代の心臓病、70代初めの大腸ガンを克服し、77才での脳梗塞の後遺症でだんだん老い衰えながらなお穏やかに前向きに過ごしていった姿から、生きること・生き続けることを教えてくれました。母や私に手間をかけさせないようにとリハビリに努力し、ほぼ日常生活は見守るぐらいで済み、好々爺として孫たちと楽しそうに穏やかに過ごしてくれたことには本当に感謝しています。5月の入院以来、もう家には戻れないでしょうと言われていましたので、家族も覚悟が定まり、別れの悲しみというよりは「よく頑張ったね、もうこれ以上頑張らなくてもいいのよ。今までありがとう」と心から言えました。
花束2


ちょうど台風の頃で心配しましたが、式は台風一過となり、来てくださる方にも迷惑をかけず、娘も夏休み中ですし、家族や親戚も特に忙しい時期ではなく、最後までまわりに迷惑をかけなかったねと皆ににこやかに見送られて、幸せだったね、おじいちゃん^^ 
母を無事見送るまでは私も元気に過ごさなければと思います。思い出す顔が笑顔という老後を過ごせるか、いい死に方ができるように生きるには、これからが正念場だと身をもって教えてもらいました。ありがとう(^^)


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コメント
- 哀悼の意 -
われもこうさん、こんにちは
そうでしたか。
知らなかったとはいえ、謹んでお悔やみ申し上げます。
言葉を失いながらも、「ありがとう」と「おかあさん」は、はっきり言えたなんて、とても素敵なお父様だったんですね。
60代から病気をずっと克服し、最後までがんばったお父様に敬意を表します。
最後は家族は死を受け入れることができたのはお父様のお力だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
2007/09/25 12:30  | URL | 作太郎 #-[ 編集]
- 作太郎様へ -
ありがとうございます
昭和の年号と共に生き抜いた人ですが、平成には平穏にくらしておりました。失明寸前なほど目も悪くて、三大成人病をすべて経験した割には、いつも前向きに過ごしていたのは驚きです。

とてもよくしゃべる人でしたから言語障害は可哀想でしたが、この言葉だけはハッキリというのは不思議なくらいでした。亡き母親(私の祖母)をとても大切にしていましたし、妻(私の母)にも頼っていましたから・・・


ブログに書くのは止めようと思っていたのですが、ついボヤいてしまいました。申し訳ありません。
2007/09/25 14:25  | URL | われもこう #-[ 編集]
-  -
こんにちは。
去年、無くなった義父は私と似ていて、色々なものに興味を持ち、色々なところに出かけていました。そんな方が入院でずっとベッドにいるなんて相当辛かったのではと思います。
やはり、男の人が先に行くことが多いので、残されても気丈に頑張れる気力を持っていないといけませんよね。
私も行くときには眠るように行きたいですね。
本当に人生頑張った人にだけ与えられる特権かなと思います。
お父様のご冥福お祈りいたします。われもこうさんもぜひ、頑張ってくださいね♪
2007/09/25 23:18  | URL | 君平 #3/VKSDZ2[ 編集]
-  -
われもこうさん

そうでしたか
何か起きたか・・・でした

われもこうさん
立派ですね 見習います
語っていただき ほっとしました

お父さままのご冥福をお祈り致します。
2007/09/26 06:21  | URL | tonko #RgyCeBHA[ 編集]
-  -
そうでしたか・・大変でしたね。お疲れ様でした。
お父様のご冥福を心よりお祈り致します。
> ブログに書くのは止めようと思っていたのですが、ついボヤいてしまいました。
そんなぁ。。素晴らしいお話を読ませていただいて良かったと思います。誰もが直面する大事なことですもの。
(なんて・・私は何かとブログにボヤいてるのでお恥ずかしい限りですが・・。)
お父様の生き方、周囲の皆様の接し方、見習いたいものです。
お母様、お一人になられての敬老の日だったのですね。お体を労わって長生きして欲しいですね。
われもこうさんも、お疲れが残りませんようくれぐれもご自愛ください。
2007/09/26 17:57  | URL | ofuu #-[ 編集]
-  -
何日か前 どなたかが そのようなことをかかれていましたので、そうかと。
 お悔やみ もうしあげます。
 いつか来る日 私も残る母を 見送る役目があります。
 済む頃には 自分が老いる頃。みんな行く道ですよね。
 難しかった父です。色々書いて だんだん書くことが ははのことになりました。
2007/09/26 20:08  | URL | 水戸小紋 #-[ 編集]
- 君平様へ -
こんばんは
ポックリ逝かれれば幸せかも知れませんが、家族としては納得できないですよね。5月からの3ヵ月の入院はかわいそうだったかなとも思いましたが、家族が納得できる期間になったと結果的には思います。

女性の方がイザとなるとやはり強いですね。病弱な母ですが、父の生前に、「自分より一日でいいから早く逝ってね。お父さんを残すのは気がかりだから」と二人で語っていたそうです。
2007/09/26 22:02  | URL | われもこう #-[ 編集]
- tonko様へ -
こんばんは
こういうことは公開しないで下書きで記録しておけば良いかなとも思っていたのですが・・・
私はただ毎日病院へ行くだけで、何もできなかったのですが、洗濯物を受け取って「じゃあ、またね〜〜」とすぐ帰る娘に笑顔で手を振ってくれた父への感謝の言葉だけは書いておきたくなったのです。

お気遣い、ありがとうございます
2007/09/26 22:07  | URL | われもこう #-[ 編集]
- ofuu様へ -
こんばんは
やはり、80年の人生を片付けるのは、けっこう労力もいります。母には私の体力と気力が回復するまでは元気にいてもらわないと困ります(笑;)

幸い、母はキが付くぐらいの野球好き(巨人ファン)ですので、野球があるときは夢中です。父もよくぞこの時期を選んで逝ってくれたと思います。これまたありがとうです(爆;)

2007/09/26 22:13  | URL | われもこう #-[ 編集]
- 水戸小紋さまへ -
こんばんは
小紋さまのお母様はまだまだお元気で自立され旅行もできるから羨ましいです。

母より先には逝かれないという気持ちだけで頑張らねばと思っています。でも、その先は自分の老後かと思うと・・・今回で自分の体力にやや自信がなくなりました。

まあ、ぼちぼち歩きましょう、いつか行く道へは
2007/09/26 22:18  | URL | われもこう #-[ 編集]
- こんばんは★ -
先日も両方のブログにお越し頂き、嬉しいコメントも頂いて・・・嬉しく・・・有難うございました♥

月初めに・・・
落ち着かれるまで心も身体もお疲れになっていたことと思います。
心からご冥福をお祈りさせて頂きます

リンクの件も嬉しく拝見して(^-^)
有難うございます。
私もブログのレスに書かせて頂きましたが両方にさせて頂きます。
U^ェ^U ワンちゃんもいるんですね(〃∇〃)
そちらにもまた可愛い子に会いにお邪魔します
これからも、どうぞ宜しくお願いします。

2007/09/26 23:32  | URL | ノエル鷺草 #-[ 編集]
- ノエル鷺草さまへ -
こんばんは
散歩帰りに月を見るだけで、今年はお月見団子もお供えも無しでしたが、ノエル鷺草さんと下鴨神社に行ったつもりでお月見させて頂きました。

早速のリンク、ありがとうございます♪ こちらこそよろしくお願いします。
2007/09/27 22:34  | URL | われもこう #-[ 編集]
-  -
こんにちは。
お悔やみが遅くなり申し訳ございません。
今はまだ元気な父や母も、少しずつ老いて行く姿にいつか来る覚悟と心の準備をさせているのかと思うようになりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
2007/10/01 21:00  | URL | 沢庵 #MS4DxwAY[ 編集]
- 沢庵さまへ -
ありがとうございます
少しずつ、老いていく姿に、いつか我が行く道を教えてもらっています。
沢庵家はまだまだ大丈夫!! でも、お元気なウチに、いっぱいいっぱい一緒に楽しんでください。

誰もが行く道ですが、沢庵さまのお身内の方々にとって平穏な道でありますように^^
2007/10/01 21:29  | URL | われもこう #-[ 編集]
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