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クロアチア・スロベニアの旅日記、13、野外戦争博物館
2016/07/22(Fri) 10:00
旧市街巡りの翌日は、いよいよこの旅で一番楽しみの大自然巡りの日です。^^

まずはラストケ村に向かうのですが、その前に時間に余裕があったらしくて、野外戦争博物館に立ち寄りました。
旧ユーゴの独立戦争のことは聞いてはおりましたが、とっても強烈なインパクトがありました。


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建物にも砲弾の跡が残っています。
悲惨な戦争を忘れないためにということなら、こうした博物館はとても重要と思います。
ただ、いつまでも憎しみを忘れないと言う面からは、どうなのかなぁ〜〜

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戦後20年経ても傷跡はしっかり残っています。
心の傷跡はさらに深く残っていることと思います。


前にも少し書きましたが、ユーゴスラビアという国は、「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と言われていました。

特にこの中での5つの民族とは・・・スロベニア人・セルビア人・クロアチア人・モンテネグロ人・マケドニア人

チトー大統領は、父親がクロアチア人で母親がスロベニア人ということもあり、絶妙にそのバランスを取って、カリスマ性からなんとかまとめていたのが以前のユーゴスラビアでした。

しかし、チトー亡き後、セルビア民族主義を掲げたミロシェヴィッチが大統領となり、スロベニア人やクロアチア人からの反発が強まり、それが独立紛争を引き起こしていきます。


1991年6月に独立戦争を仕掛けたスロベニアは、ほとんどがスロベニア人(セルビア人は3%だけ?)の国でした。文化的にも宗教的にもドイツやオーストリアに近く(ほとんどがドイツ語を話せるらしい)、10日間の地上戦で独立を達成したのです。(十日間戦争)
したがって、戦争の傷跡はさほど残っては居ません。

しかし、ほぼ同時に独立宣言をしたクロアチアは1995年まで長期にわたって激しい戦いとなりました。
クロアチア紛争です。なぜかというと、クロアチアは直接セルビアと国境を接していて、クロアチア人とセルビア人が混在していた地域が多かったのです。
セルビアとしても、クロアチア国内のセルビア人を守るために、無視できないとも言えました。しかし、まさに昨日の友が今日の敵というように、隣人同士の戦いという非常に過酷な戦争となったのです。

結局、多くのセルビア人が追い出され(あるいは虐殺され)て、クロアチアの独立が成立したのです。
美しい自然の中で荒廃している家が点在していますが、その時追い出されたセルビア人の家だそうです。セルビア人のほうが経済的にも豊かだった家が多かったことも、憎悪の対象になった一因かもしれません。

この他にも旧ユーゴにはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争やコソボ紛争もありますが、ここでは省略します。
多くの犠牲の中、両民族の混血の人や義兄弟で違う人たちなど、その多くは戦闘員になることを避けて、アメリカなどに亡命あるいは難民となったそうです。

前日のザグレブでの現地ガイドさんも一度はアメリカに逃れたものの音信不通になった母親を心配してまたクロアチアに戻ってきた女性でした。お母さんとは無事に会えて、その母親は、今は妹と一緒に北欧にいるそうです。


戦争博物館前のお店 ツァーバスが着くから、良い観光地になってるのでしょう

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トイレ休憩も兼ねてのガススタ

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ツァーの間お世話になったバス

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すぐ裏手に回ってみると・・・なだらかな草原が広がっています。
平和なときに見れば、素敵な場所ですが、ここが戦地とだと想像すれば、どこに隠れてどう動くか・・・怖いことです。

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まあ、気を取り直して〜〜〜

この時期のクロアチアを歩けば、どこでも咲いているニワトコ
こどものころに、外国の童話を読むとよくこのニワトコの木というのが出てきて、ニワトリ?みたいな馴染みのない名前にどんな木かなぁと不思議に思ったものです。
そういえば、ハリーポッターの杖もニワトコでしたね^^

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これはハリエンジュ(ニセアカシア)かな?

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青空が美しすぎますね〜

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菩提樹の花・・・まだつぼみですね^^

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こんな見たことがある草も^^
ちなみに、日本ではオオイヌノフグリなどという不名誉な名前ですが、西洋ではベロニカと呼ばれるそうです。
十字架を背負って歩くキリストへ汗を拭う布を差し出した聖女の名前だそうです。(所違えばこれほど・・・!)

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旧ユーゴスラビアの地図です。


450px-Former_Yugoslavia_2006.png



* 昨日は散々な日でして・・・
 今日は朝早くに運転免許証を再交付してもらいに試験場に出かける予定です。何時間かかるかな?
 こちら、予約投稿しておきます。
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コメント
- 国境 -
様々な国と国境を接していれば 問題も大きいですね。
島国でも あるんですもの。
一つ一つ 国のことを勉強しながら 訪問してみたいです。
ベロニカ 美しい名前ですね。
2016/08/09 21:42  | URL | 小紋 #-[ 編集] ▲ top
- 小紋さん、こんにちは -

> 様々な国と国境を接していれば 問題も大きいですね。

不勉強で行きましたので、帰国してからあ〜そうだったのか!と思うこともたくさんあります。
大昔から侵略したのされたの・・まったく歴史は繰り返していmすね。

> ベロニカ 美しい名前ですね。

可愛い花なのですが、あちらでは聖女の名前が付いているのにはびっくりです。
2016/08/10 13:48  | URL | われもこう #-[ 編集] ▲ top
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