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ぶどう寺・大善寺にて
2014/05/22(Thu) 17:49
* 4月12日の続きです。
釈迦堂PAを出発して一宮御坂ICを下りて、勝沼方面に戻ります。

最初の目的地はぶどう寺で有名な大善寺です。
奈良時代の行基さんの創建と伝えられています。

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寺伝によれば、
 「養老二年(AD718)僧行基が甲斐の国を 訪れたとき、勝沼の柏尾にさしかかり、日川の渓谷の大石の上で修行したところ、満願の日、夢の中に、手に葡萄を持った薬師如来が現れました。 行基はその夢を喜び、早速夢の中に現れたお姿と同じ薬師如来像を刻んで安置したのが、今日の柏尾山大善寺です。

 以来、行基は薬園をつくって民衆を救い、法薬の葡萄の作り方を村人に教えたので、この地に葡萄が 栽培されるようになり、これが甲州葡萄の始まりだと 伝えられています。」

と言うことです。

J-ママ _DSC5880

まず国宝の薬師堂の拝観受付をしてから、最初に庫裏を見学します。

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こちらの庫裏には宿泊施設もあり、泊まることができるそうです。

寛永末期に造られた江戸時代の日本三名園と言われる池泉鑑賞式庭園ということですが・・・

池の中の小魚の動きが面白いのです。

0412_DSC5887.jpg   

↓ 拡大するのですが、底に穴がいくつか出来ていて小魚が集まっているのが興味深かったです。

000412_DSC5893.jpg   000412_DSC5891.jpg

こちらの梅の花は咲き終わっていましたが、樹齢350年だそうです。

0412_DSC5894.jpg

(↓拡大します)霊耀梅と名付けられています。

000412_DSC5895.jpg


また、この大善寺は、織田・徳川連合軍に攻め込まれた武田勝頼が岩殿城(大月市)に向かう時に大善寺に戦勝を祈願して一夜を明かした場所でもあります。その後、岩殿城主小山田信茂の離反にあい、天目山で自決したのです。
その一部始終を目撃した理慶尼が記した理慶尼記は、また武田滅亡記ともいわれ、尼の住んでいたこの大善寺に今なお大切に保管されています。

また、時代が下って、江戸時代末期に、鳥羽伏見の戦いに敗れて江戸に戻った近藤勇率いる新撰組が、甲陽鎮撫隊と名を変えて新政府軍を迎え撃つために大善寺境内の鳥居前に大砲を構えたそうです。結局、圧倒的な戦力の差から近藤達は退却せざるをえなかった訳です。柏尾坂古戦場がこの地だったそうです。
  (↓拡大します)
000412_DSC5905.jpg


ご本尊の薬師如来は秘仏だそうです。次回のご開帳は平成30年の10月1日〜8日までだそうです。
また、奇祭と言われる藤切り祭も5月に開催されるそうです。(こちらは、今年は終わりましたね)

大善寺のことはHP(こちら)に詳しく書かれています。

0412_DSC5910.jpg

さまざまな歴史の流れをじっと眺めてきた由緒あるお寺なのですね。

さて、それでは国宝の薬師堂や重要文化財の仏像たちを拝観しに行きます。
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コメント
- 大善寺 -
素晴らしいところを見学されていますね。ご主人様と車の旅なのでしょうか。充実ですね。
2014/05/23 17:23  | URL | あやめ #-[ 編集] ▲ top
- あやめ さん、こんにちは -

> 素晴らしいところを見学されていますね。ご主人様と車の旅なのでしょうか。

ええ、別の桜を見に行くつもりが、こちらも寄っていくことになりました。
とても由緒のあるお寺で良かったです^^

相方が運転が好きなのと犬がいつも一緒なので、ほとんど車で移動しています。
2014/05/24 15:00  | URL | われもこう #-[ 編集] ▲ top
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